其實這篇是發給我自己看的
因為山月記是我家三木哈尼和小西克幸所朗讀的CD
三木哈泥的聲音渾厚、略帶沙亞的性感音質和富於變化的發聲技巧
這使他雖然出演了一系列動畫角色,卻始終沒有一種固定的演出風格

內容如下:

《山月記》CAST:三木真一郎 / 小西克幸 / 中島敦 著 / 艷萍 譯 

隴西 李徵博學聰慧,才情穎異。在天寶 末年,僅弱冠之年就進士及第,身登虎榜,隨即被補為江南縣尉。由於性情狷介,自視頗高,因而不甘心做一個卑微的小吏,沒過多久就辭官還鄉,返歸故里,在家鄉虢略隱居。由於整日沉湎於詩詞歌賦,所以斷絕了與時世、士人的往還。李徵自忖:與其做個低等小吏,在長官面前卑躬屈節、低聲下氣,還不如做詩人百年之後名垂青史,千古流芳。但是,文名尚未遠播,生活的困窘卻與日俱增。李徵漸漸地焦躁不安起來,相貌也變得冷峻峭刻,臉頰深陷,只有雙眸依舊炯炯有神。那個往昔進士登科金榜提名時面容豐美的少年形象再也無從尋覓了。幾年以後,由於不堪忍受的貧窮困頓,也為妻兒老小的衣食生計,不得不再次屈膝忍辱效力官場,前往東部擔任一個地方官吏。李徵之所以如此選擇,一是他對自己選擇的詩歌之路有些絕望,一是過去的同年、同僚都已經進位升階,高官厚祿,而他如今卻不得不向這些自己過去根本不放在眼裡的愚鈍之輩頷首拜謁。此事給昔日才俊卓異、傲視群雄的李徵以莫大的傷害,他益發地孤介、自尊。因而他在官場總是鬱鬱不樂,狷狂的個性越來越難以自控。一年以後因公外出,旅宿汝水河畔時,終因絕望而發狂。那天夜半,李徵臉色突變著從睡床爬起,一邊嘴裡說著莫名其妙的話,一邊喊叫著下了床,衝入幽暗之中,再也沒有回來。隨從的人搜遍了附近的山野,也沒有找到李徵的任何蹤跡。從那以後,再也沒有人知曉李徵的下落。

翌年,祖籍陳郡的監察御史袁傪奉詔出使嶺南時,途中在商於地界歇宿。次日凌晨,天色未明時就要出發。這時,驛站的官吏解釋說:「從這兒往前不遠的路上,有吃人的老虎出沒,行旅之人不是白天是不敢通過的。現在天色尚早,官人可以在此稍做等待,天亮以後,再走不遲。」可是,袁傪卻依仗自己的隨從人多勢眾,並沒有理會驛站官吏的勸阻,立即登程上路了。藉著殘月的微光,袁傪一行正要通過林間草地時,果真有一匹猛虎突然從草叢中一躍而出,眼看就要撲到袁傪時,卻在瞬間回轉身體,隱入了草叢之中。接著,從草叢裡傳來了一個人反覆念叨「好險哪!好險哪」的話音。袁傪聽著這聲音特別耳熟,在驚懼之中猛然想起什麼似得,便叫到:「哎呀!那豈不是在下好友李徵的聲音嗎?」袁傪和李徵同年登進士第,友人甚少的李徵,袁傪算是他最親密的朋友了。那或許是因為生性溫和的袁傪和性格狷介的李徵從未發生過衝突的緣故吧。 
草叢中,良久沒有回應,卻不時傳來隱忍的、微弱的哭泣聲。好一陣才低聲應答:「在下確實是隴西李徵。」 
袁傪忘記了恐懼,翻身下馬,走近草叢。用眷戀的口吻說道:「久違了!」「我們在此重逢,年兄為何不願現身啊?」 袁傪問。 
李徵的聲音回答說:「現如今在下為異類之身,如何可以腆著厚顏在年兄面前顯露卑賤的形體呢?況且,如若在下自行現身,必定會使年兄你心生恐怖厭惡之情。可是,在下的確沒想到會在此見到故人,此刻是依戀之情勝於自慚形穢(羞慚)之念。倘若年兄不嫌棄在下如今醜陋的外貌,就請稍稍耽擱一點時間,和你以前的老朋友李徵敘敘舊吧。」 
此事倘若在以後回想起來簡直不可思議。那時,袁傪竟坦然地接受了這超自然的怪異事實,沒有絲毫見怪。他命部下停止前行,自己站在草叢旁,與那看不見的聲音對談起來。他們二人談到了京都的傳聞、舊友的近況、袁傪現在的地位、以及李徵對他的祝福。青年時代就聲氣相投的兩個人,用沒有任何隔閡的語調談了上面那些話之後,袁傪問尋李徵是何緣故變成現在的姿容,草叢裡的聲音講了以下的話語。

大約距現在一年多以前,在下出差夜宿於汝水之濱,一覺醒來,睜開眼睛的瞬間,就聽到門外有誰在呼喚在下的名字,應聲走出門外時,那聲音在幽暗處召喚著。在下不自覺地就跟著聲音跑了出去。像在夢中一般忘記自我地跑著、跑著,不知不覺一直跑進了山林。並且在不自覺間在下的左右手都可以著地奔跑,感到身體內部猶如灌注生氣一般充滿了力量,可以輕而易舉地飛躍岩石峭壁。當在下清醒過來時,手指和臂肘的部位都長滿了毛。天色微明後,看到山谷溪澗映現著的自己的身影時,在下發現自己已經變成了老虎。起初在下不敢相信自己的眼睛,繼而想這是仍然是在做夢,就猶如自己曾經歷過的那種一個夢中還套著的另一個夢的境域一般。等覺悟到眼前發生的一切不是夢的時候,在下茫然了,隨之而來的是恐怖。在下完全無法判明為什麼會發生那樣的事,因而內心感到非常惶恐。

可是,為什麼會發生這樣的事情?在下不名究裡。其實有時侯,我們完全不需要判明是怎麼回事。不需要判明真相地接受強力意志的脅迫,不需要追尋理由地活下去,這就是我們作為生物的命數。在下想到了即刻去死。就在那時,當看到一隻兔子從眼前跑過的剎那,在下身體內「人」立刻消失得無影無蹤。當「人」的知覺再次在體內甦醒的時候,在下的嘴巴已經沾滿了兔子的鮮血,周邊散落著兔子的皮毛。這是在下身為老虎的最初經驗。自那之後一直到現在,在下接連不斷地還做了些什麼,實在是不忍再次提及呀。只不過,每一日裡必定會有幾小時會復甦人的意識。復甦的時候,和從前一樣,可以說人話,也具備複雜的思辯能力、可以背誦四書五經的章句。以人類的心靈尺度,審視自己變為老虎之後殘虐的行徑。反思自己的命運時,是悲哀、恐懼、慨歎的。可恢復為人的時間隨著歲月的推移日漸縮短。到如今,居然想到自己以前為什麼會是人?實乃非常恐怖之事啊!或許再過一些時日,在下自己身體裡的人性,也會完全消失於身為野獸之後習性之中吧?猶如古老宮殿的基石慢慢被砂土掩埋一般,最終,在下會徹底地忘卻自己的過去,完全作為一隻老虎瘋狂旋轉,嘯傲山林。像今天這樣,即使在途中遇到年兄,也無法辯識年兄是至交好友,將年兄生吞活剝了也不會有絲毫的悔愧之意吧。獸也罷,人也罷,究竟應該如何區分呢?剛剛覺識到這類問題,旋即又可能會忘記,難道在下不是一開始就認定自己應該是如今的模樣嗎?唉,那事無論如何都無所謂了。或許,自身裡面的「人類之心」消失淨盡,反倒會是在下的福分吧!可是,在下自己的「人類之心」現在卻對此事感到無與倫比的恐懼。成為獸類,那該是多麼令人恐怖、悲哀,難以想像的痛苦啊!在下這樣的心情誰人能理解?誰人能體味?除非他自己也變成在下現在這樣。可是,那樣的話……在下的「人類之心」完全消泯之前,想請年兄答應一個請求。 
袁傪一行屏住呼吸,凝神傾聽來自草叢那不可思議的談話語,那聲音還在繼續著: 
其實也沒別的。在下本來打算作為詩人文名遠播。豈料夙業未成,就遭遇如此命運。在下曾作詩文數百篇,尚未在士人中流傳,原稿也不知散遺何處。幸好現在還可以記誦其中數十首,煩請年兄代為筆錄。並非想藉此成為詩界名流,也不曉拙作工對是否恰切。但不把這些令在下家產盡失,心神迷狂,曾經半生執著的詩作,哪怕是一小部分傳之後世的話,在下即使去死,也會死不瞑目的。 
袁傪令部屬取來筆墨,跟隨草叢的話語逐句筆錄。李徵的聲音從草叢朗朗響起。長詩短章計約三十篇。作品格調高雅、意趣卓逸,一誦既知作者才情超凡。袁傪一邊慨歎,一邊隱約感覺:不錯!李徵稟賦一流是毋庸質疑的,可即使如此,要達致詩歌神品,他的詩在那非常微妙之處,似乎又缺點什麼似得。 
吟罷舊詩,李徵的聲調突然一變,自嘲的說道: 
真是令人羞愧呀,縱然在下變成現在這可憐模樣,可在下仍然夢想自己的詩作為長安城裡風流雅士傳誦。這是在下橫臥在石窟巖洞裡做的夢。恥笑在下吧!恥笑夢想成為詩家卻錯變為老虎的男子吧(袁傪記起青年李徵有自嘲之癖,悲切地默然傾聽著)……那好,既是笑柄,我就即興吟詩一首,見證這老虎中存活著的仍然是當年的李徵。 
袁傪又命部屬記錄此詩,李徵的聲音(老虎)吟道:

   偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃 
   今日爪牙誰敢敵 當時聲跡共相高 
   我為異物蓬茅下 君已乘軺氣勢豪 
   此夕溪山對明月 不成長嘯但成嗥

這個時候,月殘、光冷、晨露侵襲大地,穿越樹林間的寒風告知人們拂曉將至。可每個人完全忘了事情鬼譎,寂靜地在內心感歎詩人的不幸。李徵的聲音復又響起: 
在下先前曾說不解自己為何遭此命運,但仔細思忖,也不能說是全然地意外。在下為人的時,刻意迴避與他人的交往,導致所有人以為在下倨傲自滿、妄自尊大。其實,他人並不知道,那是一種近乎自卑的羞恥心作祟。不言而喻,被呼為故鄉鬼才的在下,不可能沒有自尊心。但(現在看來)那是近乎怯懦的自尊心罷了。在下一面想成就詩名,一面卻不願拜師求教、也恥於和詩友探討,切磋詩藝。固守高潔,不與流俗為伍,而這完全是在下怯懦的自尊心和可憐的羞恥心導致的。既憂慮自己並非珠玉,又不願刻苦磨礪,另外,又有幾分相信一己或可以琢磨成玉,因此,不屑於與碌碌無為的瓦當共處。漸漸地遠離世間,疏遠人事。其實是憤懣和羞慚越來越的育肥了內在本來孱弱的自尊心的結果。每個人的性情中都有獸的一面,各人都應是自己的馴獸獅。在下的猛獸就是妄自尊大的羞恥心,是猛虎。在下的羞恥心使自己蒙受損失,使妻子兒女痛苦,也使朋友受到了傷害,結果,自己的外形和內心變得難以相稱。而今反思自己,完全空耗了僅有的才華。所謂 「人生何事都不做嫌太長,凡事都做則嫌太短」之類警句,簡直是文人的賣弄,只不過是暴露出自己才情不足、卑怯的危懼感和厭憎刻苦的懶惰而已。那些比在下更缺乏才識的人,為了成就夢想,經過專心致志的努力後,成為威風凜凜的一代詩家者大有人在。如今變為老虎,在下終於明白了一切。想到此,真是灼胸透骨般地痛悔。可是,在下已經無法回復人的生活,縱令頭腦仍可成就妙詩美章,可又能靠何種手段去發表傳播呢?更何況,在下頭腦一天比一天更靠近老虎。 

真不知如何是好?在下白白耗費了過去時光。一旦想起都難以承受。每當此時,自己就爬上對面山頂的巨石,向著空谷咆哮。多想向人傾訴自己燒灼心胸的痛苦啊。也就是昨晚,在下無法排遣心中的傷痛,在那裡對著月亮怒吼。但是,獸類聽到我的狂嚎,只有恐懼、畏服,而山巒、明月、露珠,全都無法體會是一隻老虎捶胸頓足地狂怒咆哮,伏天搶地地哀婉嗟歎,沒有人能理解自己痛苦內心世界。就像為人時,無人洞曉在下那容易受傷的內心一樣。濡濕在下老虎皮毛的,又豈只是夜間的露水? 
漸漸地天光微曦,暗夜淡去。黎明的號角穿響徹林間,哀怨淒婉。 
不得不告別了。「在下不得不去陶醉了」(不得不還原為老虎了)李徵的聲音道。「辭別前,在下還有一事請求,事關妻兒。如今家小依舊居住虢略,尚未知曉在下運命。年兄若從南方返歸,煩請告知捨中在下已經辭別人世,萬萬不可明告今日實情。此乃在下的厚顏之請,年兄勿怪才是。年兄如若憐憫寒舍妻弱子孤,幫補一二,使其免受饑饉凍餒,也算對在下恩遇啊。 
言罷,草叢裡傳出慟哭之聲。袁傪也噙著熱淚,欣然應允。李徵的話語很快回復了先前的自嘲口吻:「在下果真是人的話,應最先請求此事,可惜,在下關注一己微不足道的詩名遠甚於飢寒交迫的妻兒,淪落獸道不足怪也!」李徵又道:「另有一言,請年兄謹記。兄從嶺南返程時,萬萬不可再走此路。那時,在下或許沉醉虎身,不識老友而襲擊!今朝一別,年兄登上前方百步之遙的山崗,請往此處回首,再看一回在下如今的模樣,非是誇耀好勇,乃是希圖再現醜陋身姿,年兄就不願再路經此地看到在下了。 
袁傪面向草叢敘說道別之言,抬身上馬。草叢裡傳出難以抑制的悲泣。袁傪頻頻回頭,淚眼朦朧地登程上路。 
袁傪一行走上山丘,依照李徵的囑咐回首眺望方才停留的樹林草地。他們看到一隻斑斕猛虎從茂密的草叢躍出。老虎朝著失色的殘月仰天長哮,數聲之後,再度躍入草叢,消失了蹤影。

據日本旺文社1967年1月版翻譯

原文:

隴西(ろうさい)の李徴(りちょう)は博学才穎(さいえい)、天宝の末年、若くして名を虎榜(こぼう)に連ね、ついで江南尉(こうなんい)に補せられたが、性、狷介(けんかい)、自(みずか)ら恃(たの)むところ頗(すこぶ)る厚く、賤吏(せんり)に甘んずるを潔(いさぎよ)しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山(こざん)、虢略(かくりゃく)に帰臥(きが)し、人と交(まじわり)を絶って、ひたすら詩作に耽(ふけ)った。下吏となって長く膝(ひざ)を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺(のこ)そうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐()うて苦しくなる。李徴は漸(ようや)く焦躁(しょうそう)に駆られて来た。この頃(ころ)からその容貌(ようぼう)も峭刻(しょうこく)となり、肉落ち骨秀(ひい)で、眼光のみ徒(いたず)らに炯々(けいけい)として、曾(かつ)て進士に登第(とうだい)した頃の豊頬(ほうきょう)の美少年の俤(おもかげ)は、何処(どこ)に求めようもない。数年の後、貧窮に堪()えず、妻子の衣食のために遂(つい)に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己(おのれ)の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遥(はる)か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙(しが)にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才(しゅんさい)李徴の自尊心を如何(いか)に傷(きずつ)けたかは、想像に難(かた)くない。彼は怏々(おうおう)として楽しまず、狂悖(きょうはい)の性は愈々(いよいよ)抑え難(がた)くなった。一年の後、公用で旅に出、汝水(じょすい)のほとりに宿った時、遂に発狂した。或(ある)夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇(やみ)の中へ駈出(かけだ)した。彼は二度と戻(もど)って来なかった。附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰(だれ)もなかった。
 翌年、監察御史(かんさつぎょし)、陳郡(ちんぐん)の袁傪(えんさん)という者、勅命を奉じて嶺南(れいなん)に使(つかい)し、途(みち)に商於(しょうお)の地に宿った。次の朝未()だ暗い中(うち)に出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰虎(ひとくいどら)が出る故(ゆえ)、旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜(よろ)しいでしょうと。袁傪は、しかし、供廻(ともまわ)りの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥(しりぞ)けて、出発した。残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎(もうこ)が叢(くさむら)の中から躍り出た。虎は、あわや袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽(たちま)ち身を飜(ひるがえ)して、元の叢に隠れた。叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟(つぶや)くのが聞えた。その声に袁傪は聞き憶(おぼ)えがあった。驚懼(きょうく)の中にも、彼は咄嗟(とっさ)に思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、李徴子ではないか?」袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁傪の性格が、峻峭(しゅんしょう)な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。
 叢の中からは、暫(しばら)く返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微(かす)かな声が時々洩()れるばかりである。ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。
 袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐(なつ)かしげに久闊(きゅうかつ)を叙した。そして、何故(なぜ)叢から出て来ないのかと問うた。李徴の声が答えて言う。自分は今や異類の身となっている。どうして、おめおめと故人(とも)の前にあさましい姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭(いふけんえん)の情を起させるに決っているからだ。しかし、今、図らずも故人に遇()うことを得て、愧赧(きたん)の念をも忘れる程に懐かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形を厭(いと)わず、曾て君の友李徴であったこの自分と話を交してくれないだろうか。
 後で考えれば不思議だったが、その時、袁傪は、この超自然の怪異を、実に素直に受容(うけい)れて、少しも怪もうとしなかった。彼は部下に命じて行列の進行を停()め、自分は叢の傍(かたわら)に立って、見えざる声と対談した。都の噂(うわさ)、旧友の消息、袁傪が現在の地位、それに対する李徴の祝辞。青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それ等()が語られた後、袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至ったかを訊(たず)ねた。草中の声は次のように語った。
 今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊った夜のこと、一睡してから、ふと眼()を覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中から頻(しき)りに自分を招く。覚えず、自分は声を追うて走り出した。無我夢中で駈けて行く中に、何時(いつ)しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫(つか)んで走っていた。何か身体(からだ)中に力が充()ち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。気が付くと、手先や肱(ひじ)のあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然(ぼうぜん)とした。そうして懼(おそ)れた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々には判(わか)らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。自分は直()ぐに死を想(おも)うた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎(うさぎ)が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分の口は兎の血に塗(まみ)れ、あたりには兎の毛が散らばっていた。これが虎としての最初の経験であった。それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還(かえ)って来る。そういう時には、曾ての日と同じく、人語も操(あやつ)れれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書(けいしょ)の章句を誦(そら)んずることも出来る。その人間の心で、虎としての己(おのれ)の残虐(ざんぎゃく)な行(おこない)のあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤(いきどお)ろしい。しかし、その、人間にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己(おれ)はどうして以前、人間だったのかと考えていた。これは恐しいことだ。今少し経()てば、己(おれ)の中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋(うも)れて消えて了(しま)うだろう。ちょうど、古い宮殿の礎(いしずえ)が次第に土砂に埋没するように。そうすれば、しまいに己は自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っても故人(とも)と認めることなく、君を裂き喰(くろ)うて何の悔も感じないだろう。一体、獣でも人間でも、もとは何か他(ほか)のものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐しく、哀(かな)しく、切なく思っているだろう! 己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。誰にも分らない。己と同じ身の上に成った者でなければ。ところで、そうだ。己がすっかり人間でなくなって了う前に、一つ頼んで置きたいことがある。
 袁傪はじめ一行は、息をのんで、叢中(そうちゅう)の声の語る不思議に聞入っていた。声は続けて言う。
 他でもない。自分は元来詩人として名を成す積りでいた。しかも、業未(いま)だ成らざるに、この運命に立至った。曾て作るところの詩数百篇(ぺん)、固(もと)より、まだ世に行われておらぬ。遺稿の所在も最早(もはや)判らなくなっていよう。ところで、その中、今も尚(なお)記誦(きしょう)せるものが数十ある。これを我が為(ため)に伝録して戴(いただ)きたいのだ。何も、これに仍()って一人前の詩人面(づら)をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯(しょうがい)それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ。
 袁傪は部下に命じ、筆を執って叢中の声に随(したが)って書きとらせた。李徴の声は叢の中から朗々と響いた。長短凡(およ)そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。しかし、袁傪は感嘆しながらも漠然(ばくぜん)と次のように感じていた。成程(なるほど)、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処(どこ)か(非常に微妙な点に於(おい)て)欠けるところがあるのではないか、と。
 旧詩を吐き終った李徴の声は、突然調子を変え、自らを嘲(あざけ)るか如(ごと)くに言った。
 羞(はずか)しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己(おれ)は、己の詩集が長安(ちょうあん)風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。岩窟(がんくつ)の中に横たわって見る夢にだよ。嗤(わら)ってくれ。詩人に成りそこなって虎になった哀れな男を。(袁傪は昔の青年李徴の自嘲癖(じちょうへき)を思出しながら、哀しく聞いていた。)そうだ。お笑い草ついでに、今の懐(おもい)を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きているしるしに。
 袁傪は又下吏に命じてこれを書きとらせた。その詩に言う。

   偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃 
   今日爪牙誰敢敵 當時聲跡共相高 
   我為異物蓬茅下 君已乘軺氣勢豪 
   此夕溪山對明月 不成長嘯但成嗥

 時に、残月、光冷(ひや)やかに、白露は地に滋(しげ)く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄倖(はっこう)を嘆じた。李徴の声は再び続ける。
 何故(なぜ)こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依()れば、思い当ることが全然ないでもない。人間であった時、己(おれ)は努めて人との交(まじわり)を避けた。人々は己を倨傲(きょごう)だ、尊大だといった。実は、それが殆(ほとん)ど羞恥心(しゅうちしん)に近いものであることを、人々は知らなかった。勿論(もちろん)、曾ての郷党(きょうとう)の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云()わない。しかし、それは臆病(おくびょう)な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨(せっさたくま)に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍()することも潔(いさぎよ)しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為(せい)である。己(おのれ)の珠(たま)に非(あら)ざることを惧(おそ)れるが故(ゆえ)に、敢(あえ)て刻苦して磨(みが)こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々(ろくろく)として瓦(かわら)に伍することも出来なかった。己(おれ)は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶(ふんもん)と慙恚(ざんい)とによって益々(ますます)己(おのれ)の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己(おれ)の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了ったのだ。今思えば、全く、己は、己の有()っていた僅(わず)かばかりの才能を空費して了った訳だ。人生は何事をも為()さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄(ろう)しながら、事実は、才能の不足を暴露(ばくろ)するかも知れないとの卑怯(ひきょう)な危惧(きぐ)と、刻苦を厭(いと)う怠惰とが己の凡(すべ)てだったのだ。己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己は漸(ようや)くそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸を灼()かれるような悔を感じる。己には最早人間としての生活は出来ない。たとえ、今、己が頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。まして、己の頭は日毎(ひごと)に虎に近づいて行く。どうすればいいのだ。己の空費された過去は? 己は堪(たま)らなくなる。そういう時、己は、向うの山の頂の巖(いわ)に上り、空谷(くうこく)に向って吼()える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処(あそこ)で月に向って咆()えた。誰かにこの苦しみが分って貰(もら)えないかと。しかし、獣どもは己の声を聞いて、唯(ただ)、懼(おそ)れ、ひれ伏すばかり。山も樹()も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮(たけ)っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易(やす)い内心を誰も理解してくれなかったように。己の毛皮の濡()れたのは、夜露のためばかりではない。
 漸く四辺(あたり)の暗さが薄らいで来た。木の間を伝って、何処(どこ)からか、暁角(ぎょうかく)が哀しげに響き始めた。
 最早、別れを告げねばならぬ。酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから、と、李徴の声が言った。だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。それは我が妻子のことだ。彼等(かれら)は未()だ傪略(かくりゃく)にいる。固より、己の運命に就いては知る筈(はず)がない。君が南から帰ったら、己は既に死んだと彼等に告げて貰えないだろうか。決して今日のことだけは明かさないで欲しい。厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐(あわ)れんで、今後とも道塗(どうと)に飢凍(きとう)することのないように計らって戴けるならば、自分にとって、恩倖(おんこう)、これに過ぎたるは莫()い。
 言終って、叢中から慟哭(どうこく)の声が聞えた。袁もまた涙を泛(うか)べ、欣(よろこ)んで李徴の意に副()いたい旨(むね)を答えた。李徴の声はしかし忽(たちま)ち又先刻の自嘲的な調子に戻(もど)って、言った。
 本当は、先()ず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己(おのれ)の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕(おと)すのだ。
 そうして、附加(つけくわ)えて言うことに、袁傪が嶺南からの帰途には決してこの途(みち)を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて故人(とも)を認めずに襲いかかるかも知れないから。又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、此方(こちら)を振りかえって見て貰いたい。自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。勇に誇ろうとしてではない。我が醜悪な姿を示して、以(もっ)て、再び此処(ここ)を過ぎて自分に会おうとの気持を君に起させない為であると。
 袁傪は叢に向って、懇(ねんご)ろに別れの言葉を述べ、馬に上った。叢の中からは、又、堪()え得ざるが如き悲泣(ひきゅう)の声が洩()れた。袁傪も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出発した。
 一行が丘の上についた時、彼等は、言われた通りに振返って、先程の林間の草地を眺(なが)めた。忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮(ほうこう)したかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。
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